専門店様とその地域をも輝かせる営業力
ワールドアンバー 営業 後編
前編ではワールドアンバーの中でも超若手、20代の3人にインタビューをしました。今回はその若手を見守り、育て、またワールドグループの卸事業の変遷も体感してきたベテラン3名にインタビュー。“時代の変化に対応してきた提案力こそがワールドの卸事業の強み”ですが、果たしてそれは何なのかを探ります。後半のクロニクルまで、ぜひお読み下さい。

アンバーの強みは人と人。専門店様が商店街の中で輝くお手伝いを 営業部 部長 水吉 克志さん

アンバーの理念のひとつに「地域創生」があります。全国の専門店様を通して、地域の活性化を図ることですね。しかも、今の時代にマッチさせて、お店を輝かせていきたい。我々のスキルと専門店様の持つ力を最大限に有効活用しようということです。
今回新たに自動車メーカー ダイハツ様とコラボレーションをして、初めての取組みとして「うごく展示会」を開催しました。なかなか展示会に移動しにくいこの状況下で、まずはお客様に楽しんで頂きたいという思いがありました。コロナ禍での開催でしたので、大きく宣伝はしませんでしたが、専門店様のお客様がお客様を呼んでいただき、来店下さいました。それは本当に嬉しいことです。我々はお客様が商店街の中で輝くこと、永続的に継続できることを目指しています。街にもお客様にも必要なお店、コミュニケーションの場をつくるお手伝いをすること、それがアンバーの役割です。
コロナ禍で進んだこともあります。これまでもオンライン展示会などは行っていましたが、世代を問わずにデジタル化は進むし受注方法も進化するでしょう。我々営業の強みはデジタルが苦手なお客様にも、手取り足取りお教えできることだと思っています。デジタル化だからって、ポンと配信したら終わりなんてもってのほかですからね。アンバーの強みは人と人。デジタルを活用するからこそ、一層深くできるコミュニケーションもあります。また前編で若手も触れてくれていますが、海外販路はアジアを中心に拡大を目指しています。「美と健康」の領域は、コロナ禍以前から取り組んでいますが、益々ニーズは高まりますし、それに伴い新規販路の開拓強化が必要です。ひとりの営業が150~160店舗を担当していますし、異業種も広がるので仕事の方法も進化させる必要があります。
秋にはワールド北青山ビルに移転をする予定です。お客様にとって利便性も高まるでしょうし、何よりファッションの街ですから、展示会にお越し頂くのも楽しんで頂けると思います。我々もワールドグループの情報をより共有しながら、グループ全体の動きも捉えてよい効果が生まれると考えています。
まずは過去の経験をリセット。モノのその先にある「体験と売る」営業に進化 東日本責任者 林 賢一さん

これからは「ダイバーシティな営業」だと考えています。我々はアパレル出身ですが、そこで培った営業力が根底にありつつ、変わりゆく市場とニーズに沿って様々な商品を販売する。極端に考えれば、一旦アパレルの営業は捨てて、考え方を変えていかなければなりませんし、変われなかったら駄目なんです。
これらを推進し、KGIを達成する為のチームの戦い方を考えています。どれだけ仮説が立てられるか、仮説を立てて、修正を重ね、グリットまで。今、中心になっている考え方は「モノを売らない戦い方」です。インターネットでもどこでも手軽に商品が買える時代、敢えてアンバーで選んでいただくために「ワールドアンバーとお付き合いを頂くとこの体験ができますよ」と伝えることです。
これは、情緒的価値にも似ていて、たとえば、あおもり藍を買うことで得られることは何か。商品の機能性を伝えるだけでは駄目で「これを置くことで、どんなお客様が集められるか」と売場での価値を考えます。そして専門店様がいかに活性化できるかと提案を続けること。だから、物からの発想でなくて、こういう体験が得られますよとアプローチをしていく。
ワールドに限らずアパレルメーカーは、展示会を行って、お得意様にお越しいただいて、物の価値で事業が回るいわゆるオンロードの時代があった。でも今からはオフロードに挑戦していくことが大事。
自分もどちらかというとオンロードだったけれど、自分がアパレル以外で果たして幾つ「話せる」店があるだろうと、自分の価値を考え直した時が、変わる瞬間でした。飛込の営業は本当にゼロからのスタートで、10件掛けて、何件セカンドアプローチができるか、そしてその次へとひとつずつ。成功した時の喜びを次に繋げ、それを繰り返して「話せる」店をつくる。その先にあるのは、これまでの専門店様と同じで、いかに店舗を活性化できる提案ができるか。今はより、類推する力が求められています。遠くのものを結びつける力。こんな商品があったら面白いなとか、発想を変えて、考える力をチームで付けていきたい。
やっぱりワールドアンバーが永続できる様な道筋を残したいし、若者には成長して早く自分達を超えて行って欲しいですよね。皆ピュアですごく頑張ってくれているから。「卸」という創業の事業を守りつつ、営業として形を変えて進化し、ワールドアンバーに貢献したいです。

お客様と仲良くなる速さは我々の武器 西日本責任者 池上 隆司さん

写真は西日本のメンバー。後列左から)藤原 清さん、池上さん(本人)、芦田 俊良さん、中島 毅さん、西沢 智也さん
前列左から)田中 潤さん、河本 成弘さん、丸山 貴久さん
今回行った「うごく展示会」は西日本の営業メンバー全員が、2人1組になって専門店様に伺いました。自分も初回の淡路島に訪問して、本当に暑い中でしたが、専門店様に喜んで頂いて、気づきも多かった。元々の目的としては、展示会を持っていき受注を頂くこと、もうひとつは新しい商品群である「美と健康」をお客様に知って頂くことです。予想以上に「お互いに元気をもらった」という実感があります。
お客様もこの様な状況下で、商売のことや将来のことを真剣に考えておられるし、じっとしてストレスもあると思います。これまでも展示会にお越しいただけないお客様には、資料をお送りしたり電話を掛けたりというコミュニケーションをずっとやってきましたが、やはり直接顔を合わせて商品が薦められるのは強い。戻ってからも営業同士で各店舗の情報交換ができました。お客様からは「来てもらったから今度は行くわね」とか「こんな大変な時に来てくれて、流石ワールドさんだ」と出迎えてくれました。
もちろん効率という意味では、今回の取組みはその対極にあるかもしれない。でも営業としての基本を取り戻すことができました。また、アパレル主体の店舗でこれまで「美と健康」の商品に積極的でなかった先様も、その場にいらしたお客様が商品に興味を持ってくれるなど、社内で行う展示会には無いメリットもありました。
コロナ禍以前より、徐々に変って来ていたお客様のニーズですが、それがコロナ禍のなかで加速度的に変化し、我々にも改革が求められています。仕入れもインターネットで簡単にできますし、一見、皆が効率の良さを求めている様に見えます。でも実際に電話を差し上げてみると、意外に現場で悩んでいることは多い。繋がりが薄くなってしまっている分、ここはアンバーらしさを出せる強みですよね。
新規商品を広げていくだけでなく、例えば逆にカフェやヘアサロンに我々のアパレルを置いて頂くこともできますし、カテゴリーが増えたことで、以前お付き合いがあった専門店様に再びアプローチすることもできる。また、職域販売の可能性もあります。デジタル化の中だからこそ「商品力」と「営業力」を掛け合わせて、デジタルでは伝えきれない所で差をつけていけると思います。アンバーの営業は仲良くなる速さ、近くなる速さが武器ですから。


ワールドの卸事業 少しだけクロニクル 後編 ~元祖、うごく展示会のキャラバン隊はこの頃から~
日本経済が右肩上がりの成長を遂げた1970年代初頭まで、ワールドの専門店事業も飛躍的に成長を続けます。しかし、1973年に起こったオイルショックは、世界的な経済への影響とともに日用品のみならず、消費全般の低下を招き、同年秋冬には在庫を抱えます。翌年にはここに対して、直販での周年記念セールを東西で初めて行い大盛況に。これは今も続いているファミリーセール、アトリエセールの原点ともいえます。
当時の常識を覆す、春夏物のニット

オイルショック以降、「ワールドコーディネート」を中心に商品企画を更に強化。ニットのワールドとして、それまでファブリック中心であった春夏企画に、ニットアイテムをバリエーションで投入し順調に売上を拡大しました。並行して、この当時既に「無駄な商品をつくらない」意識の徹底も進められ、1枚でも多く商品をお求め頂こうと、テイストやターゲットを見据えた複数ブランドの展開が始まります。

さらに、市場をキャッチし、店頭起点の商品作りを行うために1975年にはアンテナショップ「リザ」が生まれ、現在の直営店展開の基礎となりました。
また、1970年代半ばには現在の「うごく展示会」の元祖といえる、営業担当者が“キャラバン隊”として、営業車に業務用ビデオデッキやモニターを持ち込み、個々の専門店様を訪問してディスプレーや販売方法のレクチャーを行っていました。キャラバンは専門店様との貴重なコミュニケーションの場として、着実に信頼関係もつくり上げ、多くのお客様に信頼され、愛される「ワールドの卸営業」の人材を生み出しました。さらに現場で聞いた声は商品開発にも活かされ、ニーズを捉えた上で、ワールドらしさを身に纏うブランドが次々と羽ばたいていきます。

――あとがき
前編、後編を通して世代を超えてインタビューをする中で、誰もがワールドアンバーの 営業として、専門店様と共に輝きたいという愛情を持って仕事に臨まれていると感じました。また、クロニクルでは現在のワールドにつながる取組みが70年代からつくられていた事を実感。先輩達が築いた礎が現在に脈々と続き、そして進化しています。(MOVING編集部)






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